押忍!キャッシング番長

ギャンブルと向き合うサラリーマンの日常をどうぞご覧下さい!

<第4話>パチンコ スロットさえあればお金が着実に増える時代

大都会「亀戸」に降り立った私の住居はパチンコ店の2階、昔のパチンコ店にはよくあった寮完備。

 

意外と部屋にいてもホールの音が気にならなかった…住み心地は良かった。

 

ワンルーム8畳くらいはあっただろうか?トイレと風呂が一体型ユニット。シャワーを浴びるとトイレの床まで濡れるのが気持ち悪くて嫌だった。

2店舗目のパチンコ店勤務

 

パチンコ店,亀戸



地元の超稼働率の良いホール勤務経験がここでは役にたった。入社初日の朝礼が始まるときに先輩が『この店の朝礼は厳しいから覚悟しな』と脅されたのです(笑)

 

蓋を開けてみれば社訓を皆でダラダラと唱和するだけで正直『楽だわ~』と感じていました。

 

思い起こせば初めて入社したホールでの経験があったからこそ強い免疫力が知らず知らず身に付いていたのです。

 

前の職場の朝礼は一人一人社訓と本日の目標を限界までの大声(体がクネクネするくらいに声をだす)を出す。

約40分くらいやるので酸欠になりそうだった。しかも発声するときに目の前に上司が立ち『もっと声だせ!』『聞こえなーい!』と茶々を入れてきます…

 

そして合格をもらえないと、どつかれます…パワハラ満載でしたが楽しかった(Mかも)

 

たった半年の経験がこの店では難なくこなせたのです。機械トラブルも遊技台を全部ばらして組み直すことも既に出来る腕前でした。

 

この店に慣れるのもあっというまでした…あとは常連客の性格や遊技台の知識を頭に入れれたらもうベテラン店員。

 

しかし新しい事を覚えたい私はマンネリした業務に飽きてくるのです。まだ年功序列が全盛期だったため自分より早く入社した人間が役職になるか辞めない限りステップアップはできなかったので飽きてくるのです。

 

この時代のパチンコ店勤務は経験日数でやっていい業務に制限がありました。

 

生意気ですが当時の私は店長職になることしか考えてませんでした…だからさっさと平社員を終わらす為に率先して動いていましたが叶いませんでした。

 

結果この店での勤務も長く続かないのです…

兼業としての成果

この当時のパチンコ・スロット収支は相変わらず順調だった…当時の勤務は早番、遅番がありシフト管理ではないので当日、明日が早番か遅番かが判明する体制でした。

 

遅番→早番→遅番→早番という具合に…現代では恐らく完全1週間交代制だと思いますが…当時は全く予定などたてられないし休みも4日程度…

 

でも打つこと意外予定がない私には早番遅番、休みが少なくても何ら問題はありません。

 

通常一般企業ではアフター5と言われる時間からパチンコ好きは仕事帰りに打ちに行くと思うのですがパチンコ店勤務だとそうもいきません。

 

先程述べました早番・遅番勤務があるためです。ただこの場合、仕事帰り稼働ならぬ出勤前稼働が出来るのです!

 

朝イチの利点、夕方の利点を堪能できるのがパチンコ店勤務の稼働スタイルなのです。

 

休みの日はお隣「錦糸町」での稼働。【みとや】【ミナミ】を主戦としてました…この時期に【サンダーV】が導入されてリールフラッシュに衝撃を受けたのを覚えています。

 

リールフラッシュと言えば【チェリーバー】なのですがこちらは告知機能的なものでしたので私はあまり打ちませんでした(*⌒∇⌒*)

 

スロットは出目で楽しむものと考えていたのです。しかしサンダーVを打つにつれて常にフラッシュする機能にワクワクドキドキしてる自分がいました。

 

『これはこれで良いのかも?』

 

亀戸を離れる決意

この職場では10年以上勤務しないと店長になれないと知った私は1年未満で退職を決めることになったのでした。

 

退職理由はもうひとつありまして…当時お付き合いしていた方と同棲しようとなり後先考えず行動にでました。

 

レンタカーでハイエースロングを借り彼女の荷物を積み込み(私の荷物は殆んど捨てた)退職した日に二人で寮ならびに亀戸を出たのです…

 

因みに彼女も同じ寮に住んでいた同僚でした(*⌒∇⌒*)社内恋愛です。

 

このあとは暫くレンタカーでブラブラしてパチンコ店で日当を稼ぎラブホテルで睡眠をとる生活を続けて行くのです!

 

続きは次回!それでわ(-_-)/~~~